「ねぇ、君」
塀の上を歩く猫は、ちらりとこちらを見る。
けれど、全くそっけない態度で再び前を向き、おもむろに走り出した。
どうしたらあんな細い塀の上をあのスピードで走っていけるのか。
けれど、今はそんなことを言っている場合じゃない!
物語のかけらを見つけたのだ、逃してなるものか!

「ちょっと待ってくれよ!!」
叫ぶのも気に留めずその猫は、尻尾を振りながらなおスピードを上げた。
このままでは見失ってしまう!
私の体育の成績は、進級の妨げにしかならないお粗末なものである。
猫との距離は徐々に離れていく。あきらめるのは惜しい。けれど、体力も限界が近い。
と、ふいに猫の尻尾がひょろりと塀の内側に落ちた。
「あ!」
塀が途切れたのだ。垣根が見える。
その内側にあるのは、まるで昭和をそのままつれてきたような古い日本家屋。
そして
「きょうごく…どう?」
と大きく書かれた看板。猫の尻尾は誘うように垣根に消えた。

民家なのだろうか?それとも店なのだろうか?
けれど「春夏冬中」の看板。店の中を覗き込むと、大量の和綴じの本。
香りまでもが、骨董品のようだ。ドキドキする。
まるで、物語の中に入り込んでしまったようではないか。
私は、惹かれるように引き戸に手を掛けた。
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