豆知識   巷説シリーズ:おぎんさんの職業について
私はおぎんさんの「山猫まわし《がなんなのか、ずっとわからずに巷説を読んでいました。
人形劇である、ということはだんだんとわかりましたが、それでも
明確なイメージを描けないのでした。
ひょんなことから、おぎんさんの職業と思われる「傀儡師《の記述に出会ったので、
ここにそれを引用しておきます。
以下の文章について、ご質問を頂いても、お答えすることは難しいと思います。ご了承を。
♪…唄のはじまる部分に使われている記号の代用
乀…くりかえし部分に使われている記号の代用  クワイ乀=クワイクワイ

傀儡師かいらいし
「塵塚談《(文化11)に
「傀儡師を江戸の方言に山ねこという。人形まわしなり。
一人して袖櫃のようの箱に人形を入れ、背に負うて、手に腰鼓をたたきながらあるくなり。
小童その音を聞いて呼び入れ、人形を歌舞せしめ遊覧す。
浄瑠璃は義太夫節にて三絃はなく、芦屋道満の葛の葉の段、
時頼記の雪の段の類を語りながら人形をまわし、だんだん好みも終り、
是切りという所に至りて、山ねこという鼬の如きものを出して、
チヽクワイ乀とわめきて仕舞うなり。
我等十四五歳頃までは一ヶ月に七八度ずつ来りしが、今は絶えてなし《とあり、
「風俗酔茶夜談《(安永6)には
「番町小川町の武士屋敷の窓下を窺い仰ぎて、食を営み侍る世渡りの云々《
とあり、水野廬朝の「盲文画話《(文政10)にそれを写した画が出ている。
江戸の町に見えなくなったのは「只今御笑草《(文政10)によれば
明和の末頃とあり、「後はむかし物語《(享和3)には
「今なくなりしもの傀儡師、すたすた坊主、地紙売り、木綿の高荷、帷子売り《
と竝べている。

引例(1)(2)の♪すいちょうえ、いちゃ乀、すいやい乀、みんちゃん―は、
忍頂寺務の「清元研究《によれば、水鳥え、意茶々々、吸い合い乀、見んちゃん―にて、
酒戦の唄という。また♪小倉の野辺の一本薄(ひともとすすき)―は
傀儡師の唄う極まり文句であった由。なお、阿波の鳴戸云々は其角の発句
「傀儡師阿波の鳴戸を小哥哉《による。
(1)
♪かヽる処へ朝比奈が修行のたいの傀儡師。(略)ここまでのたり木偶(でく)まわし、
お許しうけて、やってくりょ。♪すいちょうえ、いちゃ乀、すいやいすいやい、
みんちゃん、おてきやん、そうはらぎやんそう。花が見たくばお江戸へござれ、
上野飛鳥の花盛り、心ばかりで拍子さえ、阿波の鳴門も何くれと、
小唄をこめて箱つヾみ、手越の里へと浮かれ来る。(初世治助。三重霞)
(2)
♪蓬萊の嶋はめでたい島での、黄金升にて米はかる。紗の乀袴、紗の袴よの。
♪竹田の昔ははやし事、誰が今知らん傀儡師。♪阿波の鳴門を小唄とは、
晋子が吟の風流や、古き合点でそのまヽに。♪小倉の野辺の一本薄、
いつか穂に出て尾花とならば、露がねたまん恋草や。(略)
吸物椀にて叶うみんちゃア、うつヽなや。(二世治助。傀儡師)

――「江戸東京生業物価事典《三好一光・昭和35・青蛙房より――

傀儡師と人形師は描かれている朊装が違いますので、別の職業かと推測しています。
(人形師は男女二人で行い、女が唄をうたい、男が黒子となり人形を繰っている)
2008.05.12