関口は裸足で夏の日に焼けたコンクリートの上に立っていた。
じりじりと照りつける太陽を背に、
彼は茫洋とした気分を弄びながら足の下を纏ろう大量の蟻を見ている。
「あんまり見つめすぎて酔っても知らないぜ。君はこの間犬の尾で酔ってたからな」
「裸足になれば彼らの気持ちが分かると思ったんだ。
こんな地獄のような地面の上でのたうち回る彼らの気持ちが」
「君が見ているのは蟻の行列であって、蟻ではないね。
蟻と言う社会がみたいのかい、蟻が見たいのかい」
「どうかな…僕は蟻を介して自分を感じたいのかもしれないね。
熱に犯された社会の上で自分が立っていられるか試したかったんだ」
関口はそう言うと両手に持っていたサンダルをぽとりと落として中禅寺を仰ぎ見た。
落ちてきたサンダルの下には蟻が数匹居た。
その後に続いていた蟻は、戸惑うように立ち止まり、サンダルを迂回していった。
「僕は君にいつか言ったね。
君がどんなに足掻こうと世界は何の問題もなく過ぎ去り、消えてゆくと。
君はそれを忘れたのかい?」
「覚えているよ。忘れていたけど。だから、意味なんてないんだ。」
「意味はあるさ。君がそこに立ち、僕を見続ける限りはね。
さっきからその瞳は少しも僕から離れようとしないじゃないか。
縋っているのさ。だから君がいて、僕がいるのさ」
「そうだね…。君は縋られているね。」
そういって関口は、柔らかく中禅寺に縋りついた。まるでよろめく日射病者ように無様に。
「僕の側で、死にたいかい。」
中禅寺は一文字一文字を噛み締めるようにゆっくりと、
関口の耳元で呪詛の言葉を吐いた。
関口がそれに反射して溜め息を漏らすのを、この世の全ての享受と捉えながら。
中禅寺は、関口の背が反るほどきつく抱きしめた。
その痩身は焼けるような日差しの中で関口にそっと影を落とした。
「僕の側で死にたいのなら、生きろ、関口。生きて、死ね。
僕は此処にいる、無論、君もまた、此処にいる」
中禅寺は抱きしめる関口の背骨の軽さを憎く思った。
そして、中禅寺自身のじりじりと焼けつくような想いもまた、憎く、思った。
祈るような気持ちで関口は弱弱しく「うん…」と言った。
「僕の影も、君に落ちればいいのにね。」
「これだから…」
中禅寺は一度関口の身体を離すと彼の瞳を覗き見た。
関口は拒否するようにそっぽを向いたが、肩を掴まれているため、叶わない。
にわかに曇った空は雨をもたらそうと雲を黒く染めてゆく。
「いいかい、君。君の影など僕はとっくに喰らい尽しているぜ。
それでも君は尚、新たな闇だの欲だの生み出そうというのだから君も全くいいご身分だ」
関口は急に恥ずかしくなった。
まるで自分の汗一粒一粒に中禅寺が写りこむのではないかと思うくらい、
中禅寺はまっすぐ関口を見ていた。
「眼をそらしてもいいぜ」あえて中禅寺は挑発した。
「いつかはそらすよ」と照れくさそうに、おどおどと関口も中禅寺を見つめた。
一瞬だけ。そう一瞬だけ二人はキスをした。
コンマ一秒の瞬きすれば逃してしまいそうなキスだった。
渚がゆっくりと潮騒を運ぶ前に、救急患者を救急車に運び込む前に、
彼らはそう、一瞬だけ。
関口は幸せそうに微笑むと、「何か食べたいな」と言った。
先ほどの邂逅が嘘のように中禅寺はぐるりと頭を働かせて、
「海へ行こう。定食屋があるだろう。君は行くね。僕も行く」
有無を言わさない言葉に関口は落ち着いた。
そしてゆっくりと「秋刀魚が食べたい」と言って微笑んだ。
二人は傘を取りに京極堂へと向かっていった。
一雨来そうな空模様を関口は仰ぎ見て、
このまま裸足も悪くないかもな、とそう、思った。
了
リレー小説は初めてでしたので、とてもドキドキしながら作りました。
リレー小説はまるで囲碁や将棋…いいえ、一番近いのはオセロでしょうか。
互いに相手の文をみて、自分の考えうる枝分かれした未来の中から1つを選んでゆく。
それはオセロのように、過去を塗り替えながら展開してゆく。
違うのは、どちらの石が多いかではなく、その白と黒の織り成す模様を楽しんでいるところ。
チャットをしながら文を作っていったので、マメコさんの文を作る速度というかリズムわかって、
それがとても生々しく感じて、面白かったです。
マメコさんは素早くしっかりした返しをしてくるので内心
「私の心読まれてる!?」と思っていたのをここで暴露。
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